2011年度 第3回受給者 片桐 さやかの体験記

2021.05

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科歯周病学分野
片桐 さやか

私は、2012年5月から2014年8月まで、George L. King先生のラボに留学させていただきました。このような機会を与えて下さりましたサンスター財団に心より感謝申し上げます。

大学院時代の研究テーマが歯周病と糖尿病の関わりであり、臨床研究を行っておりました。現在では糖尿病学会の糖尿病診療ガイドラインでも、「歯周治療は血糖コントロールの改善に有効か?」というCQに対して、「2型糖尿病では歯周治療により血糖が改善する可能性があり、推奨される」と推奨グレードAで明記されていますが、このステートメントの根拠となるような研究を行っておりました。大学院を修了後、そのメカニズムやより詳細な分子機構を解明したいと興味はありましたが、臨床研究しか行っていなかったため、具体的にどのようなことをすればよいか全くわからない状態でした。そのような状況で、この留学助成金に申請させていただき、幸いにも採択していただいたことは、本当に幸運で、今も研究を続けていられるのは、King先生のラボで勉強させていただけたことがとても大きいと感じております。

King先生は、私のような研究の素人に、根気強く指導をして下さりました。留学して最初に、「Have you treated cells?」「No!」「Have you treated mice?」「No!」と答え、じゃあ君は何が出来るんだ?と聞かれ、苦し紛れに「I can throw you! I have a black belt in Judo!」と返答してその場を切り抜けたのはとても懐かしい思い出です。King先生も覚えていて下さっているようで、数年前にお会いした際にも話題に上りました。英語が得意なわけでもなく、meetingを行っていても、最初は何を言っているかほとんど理解できない私を助けて下さったのが、同時期に九州大学からいらっしゃっていた前田康孝先生でした。前田先生には本当にお世話になり、細胞培養の基礎やマウスの掴み方から、とても丁寧に教えていただきました。Kyoungmin Park先生は、韓国の大学を卒業後、大学院からアメリカにいる先生で、Minと呼ばせていただいておりましたが、Minにもとてもよく指導していただきました。あまりに私の理解が悪いと、私のノートに直接書き込んで指導してくれたり、とても手がかかったと思いますが、仕事を離れれば友人で、今でも前田先生やMinとはよく連絡をとっています。

留学中にKing先生が私に与えて下さった研究テーマは、糖尿病における創傷治癒遅延に関する研究でした。基礎実験をほとんどやったことがない私でしたが、歯科医師ということもあり、動物での外科処置は比較的ハードルが低いだろうとKing先生が考えて下さりました。Insulin receptor substrate 1 (IRS1)の血管内皮細胞特異的な過剰発現マウスを用いて、背中に1cm四方の傷を作り、その治癒を評価していく、といった実験系でした。高脂肪食を与えた2型糖尿病モデルマウスを用いて、糖尿病での創傷治癒遅延がインスリンシグナルの低下に由来するとともに、インスリンシグナルが血管芽細胞から血管内皮細胞への分化に重要なことを明らかにしました。IRS1の過剰発現マウスでは、高血糖によるインスリンシグナルの低下が抑制されるとともに創傷治癒遅延も抑えられることから、糖尿病患者での創傷治癒遅延の改善には肉芽組織中のインスリンシグナルを増強することが重要であることが明らかになりました。

また、ジョスリン糖尿病センターでは、メダリスト研究といって、1型糖尿病の罹患者を対象にした大規模な臨床研究が実施されています。前田先生と、その後任で同じく九州大学からいらっしゃった横溝久先生は、50年以上1型糖尿病に罹患しているにも関わらず糖尿病網膜症が進行しない被験者および進行した被験者の網膜に対してプロテオミクス解析を行うことにより、糖尿病網膜症に対して防御的に働く分子、Retinol binding Protein 3 (RBP3)が発見されました。実際にこの分子を1型糖尿病モデルラットの網膜に応用することで、糖尿病網膜症を防げることを明らかになりました。この研究で、私はラットの網膜に感染させるレンチウイルスを作る部分で関わらせていただきました。30cmの細胞培養プレートを、毎日30枚くらい扱って、集めたウイルスを濃縮する・・・、といった地道な作業でしたが、前田先生、横溝先生のお仕事に一緒に関われたのはとても良い思い出です。

メダリスト研究と関わる創傷治癒に関する研究も行わせていただきました。50年以上1型糖尿病に罹患している被験者、および糖尿病を有しない年齢がマッチした被験者を対象として、糖尿病患者より採取した線維芽細胞は、インスリンシグナルが低下しており、血管内皮細胞増殖因子の発現も低下していることが明らかになりました。δ isoform of protein kinase C delta (PKCδ) の発現が上昇していたことから、PKCδの阻害薬およびsi RNAによるノックダウン実験を行ったところ、インスリンシグナルの低下が回復しました。私は、ヌードマウスの創傷モデルに対して、これらの線維芽細胞の移植実験を行っていました。この研究によって、PKCδを阻害することによって糖尿病患者の創傷治癒遅延が回復することが明らかになりました。

ジョスリン糖尿病センターには、他のラボにもたくさんの日本人がいらっしゃっており、親しくさせていただきました。中でも、佐賀大学の高橋宏和教授には、当時から家族ぐるみでお付き合いをさせていただき、現在でも共同研究を続けさせていただいています。このような先生方とお知り合いになれたことも、現在、研究を継続していくにあたって大きな支えになっています。もともと臨床研究が中心だったこともあり、統計学にはとても興味があったのですが、Harvard School of Public Healthで統計の授業を受けられたのも、King先生のラボに留学中だったからこそだと思います。

最後になりますが、現在、研究を続けていられるのは、King先生の下で学べたおかげです。この素晴らしい助成金制度に感謝するとともに、将来の受給者にエールを送りたいと思います。ありがとうございました。